b i t t e r s w e e t

人生は b i t t e r s w e e t

出会いと別れに敏感すぎる。

私は昔、アイドルにはまっていた時期がありました。10代後半のころから22歳くらいまでの間。

 

 

 

「昔」っていうのは、今では嫌いになったという意味ではないけど、ファンクラブにも入っていないし、どんな新曲が出ているのかも全然知らないので、今はファンとは言えないだろうという意味で。

もちろん、彼らがやっているテレビ番組なんかは今でもたまに見たりしているし、好きなのは好きなんだけど。

 

 

 

話を戻しますが、男女ともにアイドルが好きな人というのはたくさんいると思うんだけど、好きになる心理ってどういうことなんだろう、と今日の朝、ふと思った。

 

 

なぜそうだったのか、理由には少し思い当たるところがある。

あ、今から言うことはもちろん万人にあてはまるわけじゃないし、あくまでも「私の場合」の話だと思ってください。

 

 

 

結論から言うと私の場合、非常に単純だけど「裏切らないから好き」だったのだと思う。

 

 

 

まあ言われなくてもそりゃそうだろうな、っていう理由だけど。

でもその当時は、その当たり前に気づいているようで気づいていなかった。

 

私が一番そのグループにはまっていたころは、確かに彼氏がいなかったり、恋愛を一番こじらせているころだった。

その当時に付き合ったことがある人は、「そこまで好きじゃない」というポジションの人もいた。もちろん、彼氏とかじゃなくてただの片思いで好きな人もいたこともあるけど、積極手に行動に移したりできるようなタイプじゃなかったから大きく傷つくこともあまりなかった。

それから、自分は恋愛に深入りしたらものすごく苦しむタイプだということを、高校生のときから自覚していた記憶はすごくある。このころから私は「人との別れ」に強い抵抗があって悩んだことをよくよく覚えてるのです。

卒業、大好きな友達や好きな人との別れ、死別するわけじゃなくてもものすごく、それはもう過度に苦しんでいたし、今でも鮮明に覚えてるほど苦しかった。家族にそのことを泣きながら愚痴ったこともあった。人生が諸行無常であることをなんとなく実感した18歳だった。

家族には「新しい場所に行ったらそのうち忘れるわよ」と一蹴されたし、まったく意味が分からないという顔をされた。

 

 

 

たぶん私は感受性が強すぎるし、人への思いが強すぎる。

 

 

だから、人との別れに抵抗がありすぎる。

別れから飛躍して「死ぬことが怖い」というのも、高校の時からいまだに消えない命題です。

 

 

 

 

 

そんな自分がアイドルにはまったのは、自分なりの無意識の自己防衛もあったのかもしれないと思っている。私が本気で人を愛してしまったら、幸せなときはいいけど、お別れや心変わりや裏切りなんかの苦しみに耐えられる自信がなかったから。

感情が動きすぎる傾向があることが自分でもわかってるから、病まないように予防線を張っていたというのもある。

 

今日朝テレビを見ていたら、CMに自分が一番好きだったグループのメンバーが出ていて、「ああ、この人は、あのころと変わらないんだなあ。」と、ぼーーーっと思った。アイドルが好きな人の気持ちを第三者的な目線で理解したような気がした。

 

そのアイドルがいかに自分のタイプであろうとも、100パーセント付き合うとかは有りえないのはわかってるから、だから安心して好きになれるし、泣いたりすることがないことがわかってるんだろう。

幼い私の思考回路は、そこに自分の弱さの逃げ場所を作っていたのだと思う。

  

今なら、わかる気がする。

恋愛してるときの「不安」と向き合う必要もなく、疑似恋愛ができたような気持ちになることがある。だから、恋愛はしたいけど、傷つくことが怖すぎる人がアイドルに気持ちが向くというのは、理論的にありえる話だと思う。

その時はそんな風に思わなかったけど、振り返ってみれば、たぶん私はそうだった。

 

 

全体的に後悔してるわけじゃないけど、現実世界の恋愛から目をそらしがちだったことは、「あーそれはもったいない」とは思ってる。どれだけ弱くても、頑張って現実の不安や別れや裏切りとも直面することで強くなって、そのなかで素敵な恋愛もあるかもしれない。

たらればだけど、あの時泣いても病んでもよかったから、若いころにもっともっと積極的に恋愛すればよかったって。そしたら少しは免疫ができたんじゃないかなって。

そういう過程から逃げてきたから、いま、こうなっているのは一理あるから。

 

 

 

好きな人から、ましてや彼氏からむげな態度を取られるのはとてもつらいことだ。

 

私は、25歳のときに「この人なら結婚したい」と思った元彼が心変わりした時に冷たい言葉をかけられたときの心のパニックを今でも忘れられない。

過呼吸にも似たあの感じ。胃がきゅーーーーーーーーーっと縮んで、自分がまるで自分じゃない感じ。心ここにあらずで、絶望感でいっぱいになって。その言葉をきいた時のショックは、今でも忘れられない。

 

 

たぶん、大切な人と死別したときはもっともっと辛いし、もっともっと取り乱すかもしれない、と思った。でも、そんな突然のお別れって、これからの人生でもっともっとたくさんあるはずだ。

 

でもこの感じ、何度経験しても慣れない。

 

 

 

あれから、何度かそういう気持ちを味わうことがあった。

とくに、つかの間の幸せを味わったあと。

 

 

もちろん、同じような出来事を受けて、悲しい気持ちになるのはみんなそうだというのは私も分かってる。でも、たぶん私はほかの人よりもかなり取り乱してしまっている。こんなことくらいで夜も寝付けないなら、もっとつらい出来事に太刀打ちできないよ、と将来のことも心配になる。

自分でもそうなりたくてやってるわけじゃない。

「それは実直な証拠じゃないか」とか「まじめだから」とか、「優しいから」とか、そういうことを言ってもらえるときがあって、それはそれでありがたいことなのだけど、自分としてはむしろその心の動きを本当にやめたいと思っている。

そのうちショックで死ぬんじゃないかと思うくらいだし、いちいちそれで大きなダメージ受けてたら強いストレスがかかり、体にも悪影響だと思うのです。

 

 

 

もう少し人に執着しない方法を、学べるものなら学びたい。

あ、もちろん怪しげな方法は除いて。

 

 

 

「気にしてもしょうがない、そういう運命だったんだ、もう仕方がないんだから」ってひたすら思っても、そのときの心のざわつきが収まってくれることはない。大量の涙が自然と流れてくる。

 

かろうじて私でもこれを緩和させられる方法があるとすれば、経験から言って、下記のことくらいだろう。

 

・なるべく一人にならないこと(一人暮らしはたぶんかなりNG)

・一人でやること以外の予定をとにかく入れまくること、無理なら仕事すること

・資格を取ることを決めて無心で勉強すること(ただし、心ここにあらずの状態でこれをできるためには、かなり強い心がいる)

 

とにかく、そのことを考えないようにすること。当たり前ですが。

これも難しいし、集中の糸が切れた時の絶望感は半端ないけど、でもしょうがない。なんとかかんとかして日々をやり過ごすしかないから。あとはこれを修行のように毎日続けていたら、本当に日にち薬がきいてくる。

 

 

 

まあ、こんなこと書いているのも、今現在進行形で苦しんでいるからなんだけど。

これからやってくるかもしれない、もっともっとショッキングな出来事に耐えるためには、私はもっと強くならなくちゃいけない。だから、今のうちに慣れる練習の機会を与えてくれているんだ、彼は。そういうことだって、思おう。

 

 

 

人との別れを、もっと苦しまないで、素直に受け入れられる日なんてくることがあるのかな。