ビタースイート

人生は 甘くて苦い

結婚したので夫の好きなところについて書いてみる

タイトルを見てすっ飛ばされても構わないのですが、ノロケというよりはなぜ平和に暮らせているのだろう?と思ったので、なるべく客観的に考えてみた次第です。

それと、もし喧嘩した時にこういうのを見返したいなと思って書いてみました。

 

いつも、なるべく人に参考になることを書こうとは思っていますが、今回は参考になるかどうかはわかりません。笑

でも、もしよろしければお付き合いください。

 

 

 

 

まず、世の中で結婚している人が、相手と結婚しようと思った理由ってなんだろう?って考えたんです。 

やはり相手の性格等に好感が持てる&単純に性格が合うからなのかなと思います。

これを言ってしまえば結局「それかよ」となってしまうのですが、はい、そうです、やっぱりそれなのです。

 

 

 

さて、私と夫は似ているのかと言われたら、どうなのだろうと思いました。

似ているところももちろんあるのですが(雰囲気は似てると言われる)、性格や考え方はかなり違う部分もあります。

 

 

あと、共通している趣味もそこまで多くないです。

野球観戦は面白いと思うので時々一緒に行きますが、私は元々、特別野球ファンだったわけではありません。

元々、フィギュアスケートとか卓球とか色々好きな競技があり、そのうちの一つとして野球も時々見ていてっていうくらいで夫ほど詳しくなく、趣味として一致しているというほどではありません。

 

 

また、夫はスポーツができるので結構やってますが私は壊滅的に球技のセンスがなく運動神経がいかれてるので、一緒にできそうなのは走るのとキャッチボールくらいです。

 

私は唯一音楽の素質だけはあり、耳コピもできるし何の楽器をやってもある程度上達するのは早いと思いますが、失礼ながら夫からは音楽的なセンスは感じません。笑

夫が断固拒否するので、一緒にカラオケ行くことも付き合って1ヶ月目に諦めました。コンサートとかも興味ないってわかってるので、誘うことはありません。

 

あと、私はお笑いが好きで、夫もまあ好きなほうだと思うのですが、好きな芸人は全然違います。

夫はなかやまきんに君とか、ヘイヘイドクターの人(しゅんしゅんクリニックPさん)とかそういう系が結構好きです。稲垣さんの発言で湧いたゴージャスさんとかも好きな系統だと思われます。

私は漫才やコントが好きで、M-1に至っては3回戦、準々決勝、準決勝、敗者復活まで全部見ています。その中でも、好きな芸人さんは一致しません。笑

夫も私の推しの芸人さんには興味ないし(嫌いでもないでしょうけど)たいして面白くないと思ってるはずだし、好きではないと思います。

 

 

仕事に対する考え方なんかは正反対だと思います。

私は結構バリバリやりたい派で、どうせ仕事をするんだったら好きなことをやりたいしどんどん新しいことにも挑戦していきたいし、キャリアアップしたいと思っています。

でも、夫はそういう風には思っていないし、出世よりもワークライフバランスのほうが大事だという考えだと思います。

 

 

正直政治に対する意見も違うと思いますし、支持している政党とかも違います。 

 

好きな食べ物ですら結構違っています。お互い嫌いなものはそこまで多くないものの、外食に行ってもメニューのチョイスはあまりかぶりません。

 

 

これって大丈夫なの?と思われた方もいるかもしれません。

私正直そう思いますが、じゃあ、逆になぜ上手くいっているのかということについてです。

 

 

これは夫の人間的な懐の深さによるものだと感じており、もし違う相手だったらこれだけ相手と違うことが許せなくてダメになっていたかもしれません。

 

まず夫の素晴らしいと思うところは、自分と考え方の違う相手を受け入れられること。

「みんな違ってみんないい」という詩は有名ですが、その精神を本当の意味で体得していない人のほうが多い気がします。

私もその境地に至ってない人間のうちの一人では?と思わされたのは、夫の影響が大きいと思います。

 

大人なら他人との違いを受け入れるのは普通じゃないの?と思われるかもしれませんが、実際は、本当に受け入れられている人はあまりいない気がします。

社会生活では、ある程度みんなそれはできているはずなんです。

協調性に欠く行動をすると組織ではやっていけませんし、他人の考えに納得できないからといって、あからさまな形で攻撃する人なんて会社ではほとんどいないですよね。

 

でも、やはり誰かと付き合ったり、深い関係を築くと人間わがままになってくるし、自分の我も出すし、自分の意見を主張するようになってくると思うんです。

特に付き合っていたり結婚している男女の場合、そういうところでお互いの意見の食い違いが見えてぶつかることがよくあります。

 

 

私たちの場合も意見が違うことがよくあります。

食い違った時に「なんで?○○だからこうでしょ!」ってなる人も多いと思うし私もそうだったんですが、夫の場合は「へー。俺の場合はこうだけど」って感じです。

はじめは、この人はなぜ自分の主張を否定されても一切怒ったりしないんだろうと不思議に思ったり、私の意見について反論もほとんどしないので、どう考えているのかわからずに何となくイライラすることもありました。

「やよいちゃんはそういう風に考えるんだな、って思うけど自分と違うだけで否定はしない。他の人でも同じ。俺はこう考えるけど、この人はそういう考えなんやなって思うだけ。」と言っていました。

 

 

 

今まで、無意識のうちにどこか「価値観は揃えていかないとうまくいかないのではないか」みたいな気持ちがどこかでありました。

だから、自分の考えと合わない人だと感じたら別れるしかないと思われるんだろうな、という気持ちもありました。(そう思ってしまうと精神的にきつかったです。)

 

もちろん完全一致する人なんて存在しないっていうのは理論的には理解していたつもりなんですが、それでも、考えが違うこと=よくないことっていう風に無意識に思っていたのだと思います。

「違いを認めて共存しろ」って言われると、まあそれはそうですよねって思うけど、実際のところは柔軟な考え方は私の中には多分あまりなかったんですよね。

 

 

私は、人の意見をわざわざ公の場で否定しようと思うことはないんですけど、内容によっては内心「いやそれ絶対違うでしょ」と感じることもあります。

なぜ公の場で否定しないかというと、やはり相手が傷つくと思うし嫌な気分になると思うからです。それができない人も苦手でした。

でも、やはり身内というか心を許している相手だと、思ったままにストレートにそれを言ってしまうことがあります。

 

夫も、人前で誰かに噛み付いたり喧嘩するようなタイプでは決してありませんが、私に対しても別に自分の主張を無理に通そうとかそういうこともせず、ただいつも、冷静に話を聞いて自分の意見を言うのみでした。

私が結婚する時、上司は夫のことを「彼はいいよね。どんなときも気持ちが安定している。」と言ってました。

この上司は口が軽いのであまり好きではありませんでしたが、これに関してはそのとおりだと思いました。

 

そして夫の場合、話を合わせるために無駄に同調することもあまりしないです。

私は超八方美人なので、身内以外との会話では、あまり思ってなくてもつい「そうだねえ、確かにそれもそうか」とか言って、かなり相手寄りに同調してしまうことがあります。

だから相手に迎合することもなく、かといって否定することもしないのは結構すごいことだなと思っています。

そういう一面を見て強い人だなあと感じました。

 

 

仕事のことなら「ふーん」でお互い納得できるかもしれないけど、例えば家庭の方針や子育てのことで意見が合わなかったら?それは夫婦として無理ではなかろうか、と最初は思っていました。

だけど、私はこの人となら大丈夫かなと思いました。

ちゃんと話を聞いてくれるし、頭ごなしに否定したりしないし、何より尊敬できる相手なので、この人となら着地点を見つけて進めていけるなと思ってます。

私は頑固なほうで、こう思う!と思ったらそれ、みたいなところがあったのですが、自分が間違ってるとか間違っていないとか、そういうことにこだわるのはやめようと少しずつ思うようになりました。

 

 

そして私は典型的な感情型人間なので、議論して感情が昂ったときに何それどういうこと!!みたいになったり泣き出したりすることがありますが、そういう自分を受け止めてくれるので、落ち着いて対応しようと思うことも増えました。

 

私のほうが夫より年上なので、つきあい始めは「私のほうがしっかりしていなければいけないし、物知りでないといけない」と心の何処かでとらわれていました。

仕事でも、先輩だったら後輩よりも優秀でなければ!と思ったりしますよね。それと同じ感じでした。

(仕事の場合でも、必ずしもそうとは限らないかもしれないですけどね。先輩だろうが後輩だろうが得意不得意や向き不向きがあるので、固定観念にとらわれないほうがいいかもしれません)

 

でも、彼のほうがしっかりしてても別にいいのかなと思うようになったし、できない自分もある程度認められるようになったと思います。

そのせいですっかり頼り切ってしまっているので、甘え過ぎはよくないですが、まあ私もしっかりしている点もあるのでそれでいいということにしておきます。笑

 

 

 

もうひとつ言うとしたら正直で、ひねくれていない素直なところが好きです。

私はあまのじゃくなので、わざわざ回りくどい言い方をしたりすることがありますし、恋愛においてはとても不器用だと思います。

このような面倒な私ですが、もういいやと怒って放り出されることもなく、私が努力した(と思われる)ことについてはちゃんと褒めてくれます。

例えば何か料理一つ作ったとして「そんなのできて当たり前では?」みたいな冷めた反応してくる人もいましたが「おーすごいなあ」と言ってくれるのでとてもうれしいです。

 

悪気がない人のことを責めようとはしないし、頑張ったことについて素直に労ってくれようとする優しさがあるので、そういうところが好きです。

私も夫がしてくれたことに対して素直にお礼を言ったり、言葉で表現することをずっと忘れないようにしたい。

 

最後に、欠点について。 

人間、誰しも欠点があると思いますし、夫にもあると思うんですが、じゃあ欠点は?と聞かれたら、別にこれといって思い浮かばないんですよね。

でも、これは夫が完璧な人間だと言いたいわけではなくて、私が「欠点を欠点として見なしていない」というだけのことだと思ったんです。

第三者の視点で見れば、人によっては欠点として挙げられる夫の性格の特徴っていくつかあると思うんです。

でも、それは私にとっては特に大きな問題だと思わない部分なので、欠点というほどのことだと思ってないっていうか。

 

 

こうやって書いてたら、やっぱりノロケじゃないかと思われたかもしれませんが、夫に改善してほしいところや要望は色々とあります。

例えば菓子パンを食べ過ぎとか、お風呂はシャワーじゃなくて湯船に入ったほうが良いとか、約束に遅れるなら早めに連絡してほしいとか…

 

夫も私に対してそういうの色々あると思うのでお互い様ですが。

 

とにかく、相手が完璧だって思っているわけでは決してないです。

 

 

でも、うまくやっていけていると思っています。

 

 

結婚されている皆さん、日々の生活で色々あると思いますが、改めて相手の好きなところを考えてみるとまた新たな発見があるのではないかと思います。

2019年をしみじみ振り返るなど

こんばんは。

 

気がつけばもうすぐ12月の最後の日になろうとしている今、2019年のことを振り返ってみると本当に忙しい一年だったと思います。

 

今年は

・謎の体調不良に苦しめられる(1〜2月)

・30代スタートする(3月)

・ハワイ旅行(5月)

・プロポーズ(6月)

・入籍(8月)

・会社辞める(9月)

・転職(10月)

・結婚式(11月)

 

とにかく慌ただしく、あまり立ち止まる暇がない1年間でした。

改めて思い出すと、上の出来事の中にもまたさらに様々な出来事があって、今になってああ、1年早かったなあ…としみじみしています。

 

結婚や転職については、たくさんの人にお祝いしてもらって、応援してもらった。

まだまだ始まったばかりなので、これからはまた新たな目標を持ちながらやっていきたいです。

 

忙しかった一方で、今の自分の課題のようなもの、今までなんとなく考えることから逃げていたことについて見つめ直すきっかけが今年いくつかありました。

私は「やよいちゃんはあまりやりたいことや好きなこともないみたいだし、これといった熱中できる趣味もなくて、なんかつまんないよね」というような主旨のことを去年の今頃、友人から言われました。

 

これって結構痛かった一言だったんです。

今でも忘れないし、自分の中の急所だったというか、とにかく突き刺さりました。

 

確かに私は趣味がないことが悩みというか、これにハマってる!とか「これだけはずっと続けてきていて好きだ」っていうことが人よりも少ないと思います。

だからって「好きなことや楽しみが全然ない」ってことではないけど、多分、何事にもハマってると言えるほどは詳しかったり極めたりしてないし、何に関してもそこまでの熱量がないんだと思います。

 

今の仕事もそうです。

夢がないことを言いますが、正直今の仕事が好きだからやっているわけじゃないし、安定していて普通にそれなりの給料がもらえるから続けてるっていうのが本音なんです。

興味のある仕事はあっても、今から熱意をもって1から新たにチャレンジしたいかって言われると、体力面も心配だし、そこまでしてやる自信がありません。

要するに、これから何がやりたいのかは、結局自分でもよくわからないんです。

お金とか体力面だけが問題とかそういうことでもなくて、単純にそこまでやりたいことが見つからなくて、そういう自分に対してずっと自責の念にかられていました。

何か悪いことしているわけじゃないのに、やりたいことに挑戦して生きていない自分=つまらない人間っていう図式が自分の中で完成していました。

 

 

私が新卒で入った会社で、仲良くしてもらった派遣社員の方が「仕事って辛いものだし、給料って我慢料だと思ってるから。だから仕事にやりがいを求めるほうが間違ってる」みたいなことを私に言いました。

でも、私は仕事が辛くても給料をもらうための我慢料だから我慢するっていうのはなんだか違和感を感じざるをえないし、そもそも給料は我慢料とは思いたくないし、そうあるべきではないと私は思っています。

 

確かに仕事をしていたら理不尽なことも自分がやりたくないことも、我慢しなくてはならないこともあるけど、でも「給料をもらうために我慢する」っていうスタンスの働き方には、私はなりたくない。

やりたいことがよくわからないとか言っている自分がこう言うのも矛盾点があるかもしれないけど、私も、自分はこういう形で社会に貢献したいと心から思えるような仕事をしたい。

 

私は以前はどちらかというとチャレンジングな価値観をもった人間だったけど、いろいろな挫折を経て今は安定思考になっていると思います。

でも、最近起業した友達を見て「安定思考=挑戦しない」ではないんだなって、改めて気が付きました。

必ずしも今の安定思考から飛び出る方針でなくてもいいから、その中で自分のしたいことをやっていけばいいのかなって。

 

何となくではありますが、今後こういうふうにやっていきたいというものが見えてきた年末です。

 

 

それから、2019年の初めに体調が悪かったのは、膠原病が疑われましたが最終的には診断がつくような状況ではなく、スッキリしないままなんとなく快方に向かって終わりました。

今から思えば自律神経失調症に近いものがあったと思います。

また、そのときにあまりにもたくさんの検査をしてヒヤヒヤしたり、結果を見て一喜一憂した経験があるためなのか、より体調に敏感になってしまいました。

よくなったあとも、少しいつもと違うところや不調を感じ取ると「何か重大な病気があるのではないか」と心配になることもありました。

(こういうのがひどくなると心気症という病気があるらしいです。)

ある研究結果によると、健康に対して悲観的になりすぎると逆に心疾患になりやすいというデータがあるようです。気にしないのも悪いけど、神経質になりすぎるのもよくないかもしれません。

 

心身ともに健康でいることは大事だと思っていて、そのためにも2020年はスポーツや食生活の見直しをやっていきたいです。

 

 

まだまだの自分ですが、これからもよろしくお願いします。

どうか今日だけはこの話を聞いてほしい

2019年のM-1グランプリは、決勝初進出のコンビがほとんどという、あまりこれまでになかった展開の年でした。 

 

今日は、視聴者を色んな意味で驚かせているであろう「ぺこぱ」というコンビの話をしたいと思います。

  

 

 

私は、2014年に初めて彼らを知りました。 

当時は、まだぺこぱのことを知っている人は少なかったんじゃないかと思います。

そのときは松陰寺さんに直接メールしてCDを買ったりした時代で、地道な活動をされている感じでした。(今でもメールして頼んだら売ってくれるのかもしれないけど笑)

 

初めて見たときからネタの発想や笑わせ方が自分好みだったから応援していました。

でも、今になって思えば、応援していたもうひとつの理由は芸歴も長くて売れてないのにめげずに頑張っているし、人間的に憎めなかったということもあったかもしれません。

とても不思議な理由ですけどね。

 

 

そして、どこか自分のことと重ねて見ていたんです。

数年前まではM-1にも2回戦か3回戦敗退って感じで、全く評価されていないわけではなかったでしょうが、素人目にも「うーん難しいかな」という感じで、Gyaoで配信される3回戦動画で見れたらいいほうだなあと思ってて。

 

その5年前、失恋した自分に対する自虐やヤケクソの意味もこめて「ぺこぱがM-1の決勝に出るなんて、私が結婚するのと同じくらい難しいと思う」とツイッターに投稿していました。

人生、大体これはこうなるかなという予想通りになることもあるけど、やってみないとわからないこともあるっていうのは、こういう出来事が起きることを指しているのだと思います。

 

 

応援しているの立場で言うのも変だけど、2人にはお笑い以外に向いていることがあるのかも、と思ったこともありました。

私はこの数年間、M-1以外では時々ツイッターや活動情報を見ていたくらいですが、なんとなく「もうそろそろやめてしまうのではないかな」と思ったタイミングもありました

実際に「この時、実はやめようと思っていました」という発言をしていたのを聞いたことがあります。どのくらい本気で思っていたかはわかりませんが、やめようと思ったことが何度かあったのは事実のはずです。

 

 

だけど何か、才能の欠片が何か花咲いてほしいと思ってずっと陰ながら見守っていました。 

最初からすべてのスタイルを知っているわけではありませんが、彼らは漫才のスタイルをこれまでずーーっと変え続けてきていたからです。

ボケとツッコミの立場も以前は逆でした。

M-1で礼二さんにもキャラが確立されていないと指摘受けてましたが、ボケのシュウペイくんは、同じようなことをいろんなところでいろんな人に言われてきたと思います。

私はぺこぱのファンになってから、知っている限りのお笑い好きの人にはほぼ全員、動画を見てほしいと言いました。

みんな面白いと言ってくれましたが、シュウペイくんに関してはあまり良くないコメントが返ってくることも多く、私の母は「松陰寺くんはとても面白いけどシュウペイくんは印象がない」と言ってました。

圧倒的に印象は松陰寺で、彼は自分の在り方について考えることもあったのではないでしょうか。もし私が彼の立場だったら「やめない」っていう選択は絶対にできないと思います。

誰もそんなこと評価しないかもしれないけど、彼があのキャラクターでずっとやめずにここまでやってきたということ、私は本当にそれが結構すごいと思っています。

そして、松陰寺くんも、そういうふうに思われがちな「シュウペイくんを活かすネタを完成させるまでやめなかった」というところもあります。

素の面白さもさることながら、応援し続けていた理由は、そういうこともあります。

 

私が知る限り、最初は普通にスーツを着て王道っぽい漫才をやっていて、今の着物キャラ漫才の前はヒップホップ漫才?をやっていて、かなりガラっと手法を変え今の「松陰寺」スタイルに変わり、それからも数年苦戦して今の「誰も傷つけない漫才」を編み出したようです。

 

少しいい感じになってきたな、と思ってたら2019年におもしろ荘に奇跡的に出演できて。

確かにすごいけど存在感のインパクト採用もあるかもしれない(ごめん)と思っていたら、何故か優勝していて。

まぐれかもしれないけどすごい!と思って半信半疑で見ていたら、その後もあまりテレビとか出れていないようだということを知り。

ああ、やっぱりか…と思ってたら、M-1で初めて準々決勝の壁を超えて準決勝に行き、ここまででも上出来だし、今年はうまくいっても準決勝までかなあと思ってたら見事決勝に進出していました。

しかも、決勝でも怒られる枠になるのではないかと最後まで心配していたら、まさかあの和牛を破るという奇跡が起こりました。

 

 

こういうことを言うとまたあれですが、私はぺこぱのファンではあるけど、本当は和牛に優勝してほしいと思っていました。 

和牛も本当に苦しくて悔しい思いをしてきたと思いますし、和牛の2本目のネタ(多分これが勝負だと思って取っておいたであろうネタ)を見たくて仕方がなかったです。

実力で言うなら和牛が決勝に進出するのが順当だったのではないか、と今でも思っています(とはいえ今年は2016年や2017年ほどの勢いがなかった気がするし、和牛がストレートで上がれなかったことにも納得はしていますが)。

 

同じように思ってる人も、ぺこぱに3位をもっていかれたことに対してなんだか腑に落ちないと思っている人もいるであろう中で、もし一つぺこぱが和牛に勝っていたと言えることがあるとしたら「変わっていく貪欲さがあった」ということじゃないかなと思います。

 

 

自分が何が苦手で何が得意なのか、自分の強みが何なのか、勝負できる点があるとするならどんなことなのか、ということに着目して、ずっとそれと向き合い続けてきたんだなあ、と思います。

売れない時代が続き、もうそろそろ潮時だと思って「やめる」選択肢を選んだ芸人さんは何組もいると思います。

 

ここまで来てもやめないという選択肢をとっている彼らがいることは正直意外で、ここに来てこういうスタイルで結果を出しているということは、予想だにしませんでした。

 

 

申し訳ないけど、本当に難しいと思っていたので、彼らの粘り強さは大したものです。

 

 

「これじゃないかも」と思って次に挑戦し、「これも変えたほうが良いかも」と思ってまた全然違うことをやり、その繰り返しだったのではないかと思います。

万人が何か「これはすごいな」と評価する才能に溢れていなくても、それでも何か実現できる可能性みたいなものを見た気がします。

 

 

笑いの形は様々ですが、来年もまたM-1を楽しみにしたいと思います。

 

 

 

 

結婚をめぐる友情の問題

アラサーになってから、結婚をめぐる友情の問題について考えることが何度かありました。

 

なぜなら、同世代の友人の多くは私よりも先に結婚したからです。 

そんな自分がいざ結婚することになって「関係性が深い未婚の友人ほど結婚のことを言いにくいな」という気持ちでいっぱいでした。

 

 

 

とはいえ、言わないというのは違うと思うし、言うとなるとなぜか気が重いような気がするし、どうしたらいいのかわかりませんでした。

ここまで読んでいただいた方はお察しの通り、どちらにしても相手を傷つけるのではないかという気がしたからだと思います。

 

関係の薄い相手なら結婚したことなんて軽く言えると思いますし、相手もあまりどうとも思わないと思うのですが、友人に対しては「言えないな」と言う気持ちがあって。

 

 

 

逆に、私がそういうふうに思ってること自体がマウンティングに感じる人もいるだろうし、実際私はひねくれているので、相手の立場だったらそう思うかもしれません。

なるべく気にしていないようにさらりと言いたいと思いながら「それもまたそれで嫌味に聞こえるのかもな」などと悩みました。

 

 

自分が未婚だった時、友人に結婚を報告された時の気持ちを思い出しました。

おめでとうと言いながらも大体いつも複雑な気持ちや焦りが押し寄せてきたので、そういう気持ちになるのはもう嫌だなと思ったものでした。

繰り返しになりますが私はひねくれているので素直に喜べない部分があったのかもしれないし、万人が私と同じように思うかどうかはわかりません。

でも、大事な友人であればあるほど、自分のせいでそういう嫌な気持ちになってほしくないと思うわけです。

こんな私個人のライフイベントによって相手にプレッシャーをかけるようなことはしたくないし、客観的におめでたいことであってもその人が不快になるようなことは言いたくないですしね。

 

だからって言わずに済ませるかというと、それはそれで自分に過剰に気を遣われているような感じがして嫌なので、やっぱり言うしかないのではないかと。

 

 

でも私は私でやっぱり寂しかったんです。

これまで未婚だった時、既婚になった友人とは少し疎遠になってしまった。

世の中の同世代の人の中には、未婚既婚関係なく仲良くできている人もいるかもしれないけど、私の場合はそうでした。

この理由は多分、ひとつは単純に結婚したら色々と新生活で忙しく、これまでのように遊べなくなったということもあるし、もうひとつは向こうから私のことを誘いにくくなったということ、そしてもう一つは私も誘いにくくなった(新婚さんだから悪いかなとか)ということ。

ある意味仕方がないのはわかる。

 

私も未婚で仲良くしてもらっている友人とはどうしても疎遠になってしまうだろうなと思うと、仕方がないかもしれないけど、とても寂しかった。

 

 

実際、アラサーになると婚活や出会い探しをしている友人も多く、私もそうでした。

友人の結婚に対しては本当によかったねとは思うけど、一方で相手すらいない自分が情けなく、惨めな気持ちになったことがあります。

だから友人にはどういう風に話していいのかわからないんです。普通に「結婚したんだ」って言うしかないですけどね。

 

 

私は結婚して数ヶ月がたちましたが、友人への報告は上に書いた理由で迷いながらも、先延ばしにしてしまいながらも、今、ほとんど全員に報告できたという状況です。

 

実際に報告して、みんなが驚くほど「良かったね」と言ってくれるので、私は申し訳ないやら、嬉しいやら、自分が器の小さい人間だと思うやら、でもやっぱり嬉しいやら、なんとも言えない温かい気持ちになりました。

もちろん、友人だって腹の底ではどう思っているかはわかりませんが、それでもそういう風に言ってくれることに感謝しかなかったです。

 

 

特に仲のいい友人には最後まで言い出せませんでした。なぜならその子が婚活で苦労していたことをよく知っていたからです。

「あーあ、私も結構頑張ってたと思うんやけどなー」と友達が言ってくれたので、ホッとしました。

それに、これからも良かったら遊んでほしいとも言ってくれたし、実際にこれまで通り普通に遊びに誘ってきてくれたりもしています。

 

 

今まで自分が友人たちに向けて、割とそっけない祝福をしたのではないかということが心底申し訳なく、またふてくされた態度だったと思い知らされました。

正直に自分の気持ちを言ってくれながらも、相手の幸せを素直に喜べる友達のような人間になりたいものです。

 

でも一方で、そういう気持ちを持っている優しい人だとしても、時と場合によってはそうなれないケースも多々あることを理解しておいたほうがいいなとも思った。

もし今後そういった場面に出逢って同性の友人と離れることがあったとしても、今は仕方がないと思って受け入れたり、いつかまた仲良くできる時が来るのではないかと思うことにしたい。

 

 

自分が既婚者にならなければ「結婚した側の気持ち」が推測できなかった過去の未熟な自分も相変わらず子供だなあとは思うけど、こうやって1つまた新しいことに気付けただけ、ちょっとは成長できたのかなと思っています。

3回転職したけど「自分に合った仕事」など見つかっていないアラサーの話

こんばんは。

 

石の上にも3年といいますが、私は何があっても諦めないという強い意志の持ち主ではない気がしています。

 

今年転職したのですが、私は転職はこれで3回目です。

30歳にしては結構多いと思います。

こんな私でも、新卒で入った会社を3年以内で辞めることだけはしたくない、という気持ちはあって、自分の中ではちゃんと辛抱するつもりでした。

とはいっても、その当時の一日一日はすごく長かった。

「あと○日我慢したら」と思っても、遠すぎてしんどくて毎日泣きました。

「こんな感じで続けても精神的にもたないな」と思ったし、転職先も決まっていなかったけど1年ちょっとで辞めたんです。

 

その会社では上司との関係が悪く、辛いことは多々あり、苦痛な日々でした。仕事が楽しいと思えたことはほぼなく、自分が無価値な人間であるように思えてばかり。

学生時代、アルバイトをやっていて行くのが嫌だなと思ったことはありましたが、それはどちらかというと「面倒臭い」という類の「嫌だな」だったので、比較にもなりませんでした。

そのあとの経験も含めて、あんなに会社や学校に行くのが辛いと思ったことはなかったです。

 

 

でも今ちょっとその状況に似てるんですよね。

ただ、あの時から何年もたち、めんどくさい上司に対するちょっとのスルースキルみたいなものは身に付きました。

何を言われてもバカ正直に頑張っていて、できない自分がだめなんだと思い込んでいた新卒の時と比べたら鈍感力がついたと思うので。

その分まだ耐えられるかな、と思っていたのですが、思ったよりも辞めないためのモチベーションが保てていません。

 

多分、私にとって仕事を辞めたいと強く感じる瞬間って「①業務自体にやりがいを感じない(つまり仕事ができるできないに関わらず楽しくない)」と「②人間関係が悪いまたはしんどい」「③労働時間・拘束時間が長い」の3つの要素がそろった時です。

 

このうちどれか1つ、または2つが合わさっているときは、辞めたいとまでは思わないんです。

①と③が合わさっている状況は直近の会社のときに何度かありました。

でも、前の会社で良かったことは、とにかく人間関係です。だから、どんな状況でも②だけがなかったんですよね。

②と③が合わさっている状況も2つ目の会社の時にありました。

でも、業務自体が楽しくてやりがいがあったのでなんとか耐えられたこともあったし、人間関係が悪いのも限定的な箇所だけだったので異動したりメンバーが代わればすむこともありました。

 

今は③の労働時間はきっちり定時で帰れている(というか、帰るようにしている)ので、今はまだ一応全部は揃っていません。ですが、これから③も合わさってくる見込みです。 

新卒の時だったら、周りが残っていたら自分は新人で早く仕事を覚えたいという一心で、間違いなく誰よりも長く残っていたと思うし、早く出勤していたと思います。(実際に私はそうしてました。)

でも今は、私の先輩がかなり早くから来ていて、残業も私よりかなり多く土日も時々来ていたりするのに私はほとんど定時で帰っています。このことと給料だけで今のモチベーションを保っている気がする。

 

今やっているのがとても嫌な仕事とかそういうことではないのですが、先輩のやり方と私の思う方針が全然違い、厄介な先輩なので反発するわけにもいかずにしんどいです。

担当が変わったんだから私の好きなようにやらせてくれたらいいのですが、逐一口をはさんでくるので面倒だし、やらなくてもいい仕事をたくさん増やすので、仕事が増える。

こういうのが本当にストレスです。

その点前の会社では仕事ができる人がほぼいなかったし、担当している仕事については自分の思う方法でやっていくことができたので、楽でした。だから長く続いたのかもしれません。

仕事自体、コミュ障の私にはあまり向いていないことなので憂鬱だなと思うこともあるけど、それは自分を奮い立たせてやればいいことなのでまだいいんです。

でもそういうことについては結構どうしようもないというか、ある程度流していても結局その人を避けることはできない。

今の業界に対する熱意はないし、あまり人と議論したりするほどのことだとは思っていなくて、結局、チームでやる仕事は自分には向いていないのかもしれないと思いました。

 

 

若い人が会社でのパワハラや残業過多により自殺してしまうニュースを見るたびにやるせない思いになります。

死ぬほど辛いことがあるのに耐えなくても、まだ逃げられるうちに逃げたほうがいいと思ってました。だからこんなに転職回数が増えたんだと思うのですが。

  

ただ、これだけ多くの回数の転職をしても「これだ」と思うような仕事には巡りあっていません。

自分に合う仕事なんてこの世にはないのでは?と思ったりする毎日だし、ただ他の人よりも自己実現に苦労しているのはただ自分が甘えているだけ、ただ私が仕事ができないから苦労するだけ、

もう自分が何をやりたいのか探しても無駄かもなと落ち込む毎日です。

 

 

自分の好きな仕事に就けば?って言われても、そう簡単にはできません。

というか何が好きなのかこの年になってもわかりません。

特別なスキルもないのに、これまでやってきた普通の事務職以外の仕事ってなると、やはり激務な上に給与が低いことがほとんどだと思います。

そういうわけで好きとか嫌いとか関係なく「安定して働くため」だけに今の業界に入りましたが、配属先の部署が正直自分の苦手分野で、ここに配属されてしまったが最後、ずっとこの分野で仕事をしなくてはいけなくなってしまいました。

 

今の会社に転職したとき、前の会社と同業界だったので「やよいさんってこの業界好きなんですね」って言われた。

でも、全然違います。

この業界が好きなんじゃないです。

好きなんじゃなくて「ここでしかやっていけない」んです。

経験もない、ただの事務職のスキルしかない人間が他の業界のブラックじゃない会社で正社員でやっていけるわけないじゃないですか。

 

 

自分に合った仕事なんて、そんなの簡単には選べません。

わたしは文系ですが、理系に進んで研究職につければよかったんじゃないかと心底思っています。

新卒の時にもっとよく考えて、いや、大学を選ぶ時にもっとよく将来のことまで考えて選択すればよかったと後悔しています。

こんなこと言っても結局はどうしようもないのですが。

自分の性格にはどんな仕事が合っているのかということは、もっと若いときにでもわかってたんじゃないのかなと。いくらでも方針転換できました。

でも、今になってそれが分かったところで、成し遂げるのは難しいです。

不可能ではないかもしれませんが、かなり厳しい。

繰り返しになりますが、もちろん不可能ではないです。でも今の私にはそこまでやるパワーがもう残っていません。精神的にも肉体的にも疲れました。

今の私にまたすぐにキャリアチェンジは難しいので、やはり耐えるしかなくて、どういうふうに乗り切っていくのか考えているところです。

 

 

弱音ばかり言っていますが、せめて手に職があればよかったと本当に思います。

考え方はそれぞれですが、誰かの参考になればと思ってこれを書いています。

英語から逃げ続けていたらTOEICの点数が250点下がった話

最近転職したことをきっかけにTOEICを受けたところ、なんと400点台後半というビジネスでは全く通用しないことを証明するスコアでした。

 

 

同期はほぼみんな私の2倍のスコアでした。

私、もともと英語に苦手意識があったんですけど、一応大学の時、就活にも使えるしな・・・と思って頑張って2ヶ月ほど勉強したときのスコアが730点で、それが最高点です。

ていうか、その後は多分受けたことがありません。

 

その最高点の時からちょうど10年経っていると思います。

全くTOEICの勉強などしないまま過ごしてきて、今受けてみたらこのざまでした。

 

私の学歴を知っている人にそれを話したら「それはやばいでしょ!!」って言われました。

正直、私が卒業した大学を知られてしまった上で「学力は大した事ない」とか言おうもんなら、喧嘩売ってんのかと思う人もいるかもしれません。名前自体は知られている大学だと思います。

だけど本当に大したことはないし、私みたいな人ってたくさんとは言わないけど、他にもいると思います。学歴と本当の頭の良さは関係ないと思う。 

自身の学歴を知られたくない理由の一つはこれなんですよね。仕事も英語もすごくできるんじゃないかと勝手に思われてしまうから。

英語に関しては、やってないからできないだけって思われるかもしれません。確かに毎日勉強してきたわけじゃないし、それもあるかもしれません。

 

でも、決してやってなかったっていうわけではないんですよね・・・一応私も努力してみたことはあるんですよ。しかも何度か。

学生の時も、全然話せないからこれじゃダメだと思ってフィリピンで短期留学的なことをしたり、海外ボランティアもしたり、その他色々と外国の方と接点を持ったこともありました。

社会人になってからもオンライン英会話をやったことは何度かあるし。

 

 

でも残念ながらあまり上達はしませんでした。

もちろんその時は英語にちょっと慣れるくらいの効果はあったけど、めざましい上達を自身で感じることは一度もありませんでした

それがさらなる苦手意識につながって、英語から逃げている今に至ります。

 

確かにそのくらいの努力では甘いのは承知してるものの、世の中の英語できる人って、他のこと(例えば仕事とか英語学校以外の学校に通っているとか)をやりながら勉強してる人がほとんどだと思うのに、なんでこんなにうまくなるんだろう??って思ってました。

本当に、効果的な勉強法があれば教えて欲しい。

ネットでもこういうことに関するブログとか情報は溢れてるけど、色々検索したり試してみても、これだ!と思う方法を見つけられていません。

私には「喋れた」という上達を感じた瞬間が全くなくて。

 

 

 

でも正直、今回受けたTOEICについてもスコアはさすがに600点くらいいくんじゃないかとは思ってました。

高校の時、進学校で必死に勉強してたら英語の点数は伸びて、センター試験の本番でも一応満点取ってたし。

だけどTOEICのスコアを取ることですらできなかったことはいささかショックを受けました。特に最初のリスニングからわからなかった。

全然聞けない、全然解けない、頭が真っ白になる、自分は脳に何か障害でもあるのかな?って思うくらい本当に言ってることがわからなくて聞きとれなかったんです。

改めて英語ができないんだなっていう再認識と、やばいなって自覚だけはかなり持つことができました。

 

 

転職後の今の職場では語学ができないと肩身が狭いです。海外出張もあるし、苦手とかなんとか言ってるわけにもいかなくて。

実際、TOEICのスコアも毎年求められるし英語力が低いことに対して何か言われることもしばしばあるので、勉強しないわけにはいかなくなってきました。

 

ちなみに、今まで試していないことといえば英会話学校です。

とにかくコストがすごくかかるのと、英会話学校に行くなら(私のレベルならなおさら)オンライン英会話でいいんじゃないかっていうことで。

でも、行かないより行ったほうがマシなことには変わりないと思うし、いい加減何か考えてさっさとやらなくちゃって思ってます。 

 

ということで、さしあたりやっているのはアプリやリスニング教材です。

効果があったもの、いいと思うものがあればまたここで紹介します。

ちなみにYOUTUBEのチャンネルでも、英語の学習上とても良いものがいくつかあると思うので、それもまたおいおい紹介していければと思っています。

 

 

最後に、これは英語の勉強法が書かれている本ではないのですが、英語教育をされている方が著者なので、いくつか英語の学習に対する考え方で発見させられるようなこともあります。

これは私もそうなんですが、日本人は「英語がつたなくてすみません」みたいなことを自ら言う傾向があるという話がありました。

たとえ本当にほとんど単語を知らなかったとしても、英語ができないと謙遜することは絶対にだめだという考えは、なるほどなと思うところでした。

1時間ほどあれば十分読めますし、英語のことだけじゃなくて自分に自信が持てないことで悩んでいる人にもおすすめです。 

自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門

自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門

 

 

30歳でぬるま湯から普通の会社に転職した私が思うこと

こんばんは。お久しぶりです。

実は少し前に転職して、バタバタしておりました。

 

以前からこのブログで会社を辞めたい辞めたいと言い続けて5年たち、やっとのことで転職することができました。それも、ありがたいことにこれまでの会社よりも業績がよいところで、給料も少し上がりました。

でも、これも今まで何度か言っていたかもしれませんが、私って結構見掛け倒しなんですよね。

今まで怠けていたこともあって、本当にそれに気付かされる毎日です。

 

 

私のようなタイプは何ていうか、あまり良い言い方ではないですが「大したことはないけど見せ方がうまい」んですよね。

その逆もいて、見せるのがそんなに上手じゃないけど(というか見せようとしないけど?)実は能力高いんだよなって人もいます。

 

採用時の面接とかもそれがわかるきっかけなのかもしれませんが、でもこれについては本当にしっかり対策してたらわかりにくいかなあ…と思います。

私なんか見掛け倒しの典型例の人間で、就職の面接も結構得意な方なのではないかと今更ながら気が付きました。

新卒の就職活動のときもそうだった。大学の時に何かよくわからないチャレンジングな行動(に見えること)を色々してきただけであって、それを話すだけで結構すんなりいろいろな所に通ったりしましたし。

もちろん落とされた所もたくさんありましたが、一般的なレベルで見ると行き詰まってるほうではありませんでした。

私は話は下手くそなんですが、喋り方や声のトーンがハキハキしていて良く聞こえるらしいので、多分喋りがそれっぽく聞こえるのと見た目の印象がしっかりしてそうな人材に見えるからではないかと思います。

じゃあそれでラッキーだったというか良かったかというと、ちょっと微妙というか分からないなと転職した今になって思うことがあります。

 

 

入社直後の研修ですら実感しましたが、いろいろなところで自分の浅はかさはバレます。

とっさに質問された時の答えなんか聞いてたらそれが結構分かるよな〜と最近まるで他人事のようにボーッと考えながら、他人の回答を聞いてます。

 

じゃあ自分が回答を求められた時にどう思うかというと「私って何も知らないよな」とか「これ研修中に言われたのに記憶力なさすぎやな」とかそういうことです。

 

 

これまでの職場ではそれでも良かったんです。

前の職場の人にも高い能力を持っていると思われる同僚は数人いましたが「できるけどあえてやらない」っていうタイプが多かったと思います。

ポテンシャルが高いタイプの人はいなかったので(というかポテンシャルが高い人は早いうちに辞めていくので)、ぬるま湯というか、できることをやればいいかって感じの雰囲気でした。

以前書いたかもしれませんが、前の職場で誰かに叱責を受けたことはなく、自分がなっていなければ自分で内省して向上するくらいのことができなければ成長は無いかなという環境でした。

だから、簡潔に言ってしまうと私は自分が努力しようと何をしようと周りは動く気がない、尊敬できる上司や同僚が一人もいない、そういうのが嫌だったので辞めたんですよね。

この理由って、今になって見ると甘いなあとは思います。

確かに今の職場は、成長の機会が多いというか、逆に自分が努力しなければ置いていかれるので、望んでいた環境のはずだったのです。

でもやっぱり「これじゃなかったのかな」って思います。

自分が得意とする分野(かなり限られている)を除いたら、多分私は概して成長が人より遅い。人の足を引っ張りやすいし、例の見掛け倒しでごまかせている部分はありますが、あまり要領の良いタイプではないんですよね。

だからこういう私が所属するのは、納得いかないかもしれないけどそういうマイペースな集団のほうがよかったのかもしれません。

 

とはいえ、こういう集団に所属したからにはできることは努力したいと思っているし、今のところは頑張るつもりでいます。

心のどこかでレベルが高くてしんどいのではないかという心配はあったものの、やってみなければ分からないと思って転職したわけなので。

私は怠け者なので、こうでもしないとなかなか頑張る気にならないというか成長できないっていうのもあると思うので、倒れたりストレスを溜め込まない程度にできればいいかなと。

 

今の職場に来て数週間で改めて思ったんですけど、残念ながらやはり人はすぐには変われないと思います。無理したらいけると思ってても絶対に無理です。

でも、私は以前、そういう考えはやはり自分が変われない言い訳に過ぎなくて自分の甘えなのではないかと思っていました。

以前、某有名メーカーに所属していた時は教育も厳しく、期待されていることに対して十分にできなかったらとにかく責められることばかりでした。

私はとにかくすぐに変わろう、結果を出そうとしていました。自分が他の器用にできる人と同じようになれればと頑張っていたんです。

もちろんそういう向上するための努力は大事なんですけど、向き不向きっていうのは必ずあるんだなと今になってわかったので、できないからといって必ずしも自分のやり方がまずいというだけじゃないと思うんですよね。

身も蓋もないことを言っているかもしれませんが、その後の人生や仕事でいろいろな人を見て、その時のその人にできることの限界みたいなものってやはりあるって思いました。

いろんな人間がいるので、元々の能力や得意分野には差があるし、パフォーマンスが良い同期とそうでない同期がいるのは仕方がないことです。

故意にサボりすぎたり何も聞いていないとかそういうケースでなく、普通にやっているつもりだったら「その人の努力不足」とかで片付けられる問題ではない気がします。

 

 

どうしても仕事って一方向からしか評価されなかったり、数字や目に見える指標からでしか優劣がつけられない部分があると思います。

成果が目に見えやすい場面で結果を出していない人でも、意外とこういうのは得意なんだなと思う場面があったり、縁の下の力持ち的な役割で能力を発揮してる場面を見たりすることってありますよね。

以前にいたメーカーで厳しい教育係を担当していた人は、期待された水準以上を全員に期待することに必死になり、一人一人が違うっていうことはほぼ無視した教育をしないといけなかったのかもしれないと、今になって思います。

 

結局、転職して私が思ったのは、自分は要領が悪いし仕事に対する能力も低く、決して優秀ではない人材だということです。でも、それでも社会に対して無意味な存在だと思ったりやみくもに落ち込まないほうがいいと思うということ。

そう思うようになったことが、新卒のときとは違うところです。

 

何事も自分のペースがあるから人と比べないほうがいいと世間ではよく言われますが、そういうことを口に出して言ってくれる上司や先輩ってあまり今までいませんでした。(私がマイペースなのでもっと頑張れよって思われてたから言われなかっただけかもしれません)

なので私はそういうことを言っていく担当というか、人に優しい社会人を目指したいと思います。